最高裁判所第二小法廷 昭和26年(オ)558号 判決 1953年5月01日
徳島県阿波郡柿島村大字柿原字植松三四番地ノ二
上告人
原口与市
同県麻植郡川島町
被上告人
川島税務署長
市橋義文
右当事者間の所得税更正決定取消請求事件について、高松高等裁判所が昭和二六年七月一四日言渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
論旨は「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)
(参考)
上告人 原口与市
被上告人 川島税務署長
上告人の上告理由
第一、
本件訴訟は上告人に対する被上告人がなしたる昭和二十四年分所得税の更正決定が高額に過ぎ、上告人はこの納税に困るので、正しい所得の額及び税額を裁判して貰うために提訴したものであつたが、本案裁判には一歩もはいらないで、被上告人(一審被告)の
本案前の答弁
による行政事件訴訟特例法第二条による訴願前置主義を欠いでいる違法なる訴えであるからとの理由に基いて却下されたが、上告人は完全に訴願を経た訴えであるから、との理由で控訴したのであつたが第二審に於ては、この審理は充分尽されず、棄却されている。
上告人は訴願前置主義として、審査手続を経ている証拠として
甲第一号証 上告人の二十四年分所得税につき川島税務署長発行の審査請求(違議申立書)に対する裁決書を提出し、被上告人(当時被控訴人)川島税務署長代理人は、この成立を認めているのであるから、控訴審に於ては当然審査手続を経ていることと認められる筈であるのに、その判決は依然として、原判決を相当とするとの理由のもとに、控訴人の控訴を棄却されている。
これに対しては不服であるから上告するものである。
第二、
被上告人川島税務署長は、上告人が所得税法につき次の事柄を履行していることを、第一審答弁書に於て認めている。
(第二審答弁も含む)
一、昭和二十四年分所得税は旧所得税法に依ること。
二、昭和二十五年一月三十日迄の法定期間内に上告人は確定申告をしていること。所得税法第二十六条
三、昭和二十五年二月二十日附を以て税務署長は上告人へ更正決定書を送つてきたこと。所得税法第四十六条
この更正決定額は金十万八千円であつたこと。
四、昭和二十五年三月八日上告人は法定期間内に異議申立書(審査の請求である)を被上告人へ出したこと。(乙第一号証前段がこの審査の請求である)
所得税法第四十九条である。
五、昭和二十五年七月十五日被上告人は上告人へ対して右審査請求に対し裁決の通知書を送つている。所得税法第五十条
甲第一号証はこれであり、この裁決の通知は日本政府が政令で定めた正規の通知であつて公文書である。
六、上告人はこれに対して不服であつたから、昭和二十五年七月二十七日所得税法第五十一条に依りて訴訟の道を選び、行政事件訴訟を提起したのであるが、被上告人の直税課長井上忠及び居村柿島村長松岡量太郎等が上告人宅へ数回来り税額を減少する条件のもとに取下げをしたものであつた。
このとき異議申立書にも取下げの印を押した。
而して被上告人は取下げの印(乙第二号証後段)を被上告人の有利に援用し、公務員として口頭で契約したことは履行しないので、昭和二十五年九月十七日上告人は再び訴訟を提起したが、本案裁判にはいらないで、
右乙第二号証後段の、「取下します」<印>のみに依りて、訴訟は却下されている。
而して、仮りに上告人は右取下げが公務員を信じた口頭のみを以てしたこと故に欺かれたと諦め、法律上は何の効力がないとしても、被上告人が一審及び二審で称えるが如く審査の請求に基き、政府所定の裁決書を、昭和二十五年七月十五日発行して、更正決定額十万八千円を改訂して、九万八千四百円とした公文書を上告人へ交付しながら
五十一日を経たる昭和二十五年九月四日
右公文書発行の前提要件たる審査の請求(異議申立書)を取下げたならば、右審査の請求は無効となり、従つて右公文書も無効となるものか否か、被上告人は一審、二審とも上告人の現存せる二十四年分所得額は九万八千四百円とする審査請求に依る裁決額であることを主張している。
審査手続を経て、五十一日目に取下げしたことを一審、二審とも何等審議して戴けないで、簡単に取下げしたからということのみに依り、審査請求を経ない不適法なる訴えであるとして却下したことは誤つている。
上告人は審査手続を経て裁決書を交附されてから五十一日目に審査を取下げしても、何等法律的根拠のない無効行為であると解しているので、前の一審、二審判決の取消を求めるものである。
第三、
控訴審に於て、控訴人(上告人)は昭和二十六年六月十六日、請求の趣旨及び原因一部改訂を申立てたが、これは判決に依ると「新訴」と解されている。上告人は新訴ではなく、被上告人(一審被告)答弁書に依り、所得額十万八千円は誤りであり、現存せる所得額は九万八千四百円であるとの主張を率直に受入れて、それに依り改訂申立てをしているまでであつて、その書き誤りは代書した司法書士及び上告人の小さなカキンである。
上告人は、これは訴を新しく起したものとは解せず、昭和二十四年分所得額に関する訴訟のうち一部訂正と解している。
そもそも本件の控訴したことは、第一審徳島地方裁判所で、本案たる昭和二十四年分所得額の是非について所得税法第五十条に依る裁判を受けるため訴の提起をしたのであるに拘らず、被告(被上告人、被控訴人)のする本案前の答弁に依りて、審査手続を経ていない不適法なる訴えであるということにのみ審理を進められ、未だ一回の本案裁判もないのであるから、控訴理由は右判決の当否を裁判して戴くことになつており、本案裁判は、行政事件訴訟特例法第四条に依りて「第二条の訴は被告である行政庁所在地の裁判所の専属管轄とする。」ことを規程せられているのであるから、若し控訴審の判決の如く新訴として論断するとするなれば、これは行政庁たる川島税務署長を管轄する徳島地方裁判所へ差廻すべきものであり、上告人は本案裁判は、所轄徳島地方裁判所では未だ一回も審理されていないのであるから、未だ本案裁判なくして、行政事件訴訟特例法第五条第一項の六ケ月を徒過し、第二項による不変期間を適用して、請求及び原因の一部変更を新訴と看なされるのであつたなら、納税義務者は所得税法第五十一条に依る救済方法は行使出来なくなる。
仮りに控訴審の判決通り新訴と看做す場合には、第一審を控訴審で判決することは右行政事件訴訟特例法第四条に明らかに違つた裁判であつて、徳島地方裁判所へ差廻すべきものである。
上告理由の要約
一、第一審における被告の答弁書第二項により審査手続終了していることを被告自ら認め、第二審における甲第一号証、審査請求に対する裁決書は、被控訴人も成立を認めているのであるから、審査手続は終了している。
二、上告人が昭和二十五年九月四日、異議申立書乙第二号証前段及び後段に依り取下げしますと調印してあることは、審査請求に対する裁決書交付後五十一日目であるから、審査取下げとはならず無効行為である。
三、訴の一部変更を新訴と看做して、控訴審に於て断定して判決を下したことは行政事件訴訟特例法第四条における専管区域を冒したる違法なる判決である。
四、上告人は所得税法第五十一条による救済方法を求めるため提訴しながら、而して行政事件訴訟特例法第二条の正しい手続を経ておりながら、正しい所得税法第五十一条の裁判を受けられないことは甚だ遺憾である。
右に依りて上告の趣旨の如く
第一審及び第二審の判決を取消し本案裁判については徳島地方裁判所へ差戻す
ことを判決して戴きたいのである。